2012年02月09日

草木に埋もれつつある大戦の記憶

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昨年の12月8日で、真珠湾攻撃で火蓋をきった日米開戦から70年。大戦の記憶も薄れゆく今日ですが、街中にはひっそりと大戦の爪痕が残っています。写真は地元にある旧陸軍の境界標石とよばれるものです。現在ある宮崎中学校や川崎市青少年の家、虎の門病院分院の場所には旧陸軍の東京管区東部62部隊が置かれていたそうです。宮崎中学校には東部62部隊の本部、川崎市青少年の家には将校集会所、虎の門病院分院には兵舎が設置され、周辺には衛兵所や被服廠、弾薬庫などがあったそうです。また東部軍司令部直轄の溝ノ口演習場が作られたため、鷺沼、宮崎台、向丘、菅生、土橋一帯は軍に土地が接収され住民は立ち退き命令をうけたそうです。写真の境界標石はその演習所の境界を示すために埋め込まれたものです。いまでも探せばあちらこちらに残されているそうです。(渋谷にも東急ハンズのそばにあるとか。)
宮前区役所で「宮前歴史ガイド」というものをもらって、地図片手にやっと探しあてましたが、夏になれば草木に埋もれてその存在すら忘れられてしまいそうです・・・・・。 10年ひと昔、70年前といえば大昔ですが、忘れ去ってはならない大戦の記憶です。


posted by ツルカメ at 22:21| Comment(0) | 地元、歴史探訪巡り | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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