2014年10月30日

不屈の逃亡者、高野長英!

高野長英.jpg
江戸時代後期の医者、蘭学者であった高野長英。
彼は、日本人漂流民の送還のために訪れたアメリカ商船「モリソン号」に対して、薩摩藩及び浦賀奉行が砲撃を行なった無謀な行為(モリソン号事件)を、痛烈な批判を込めて『戊戌夢物語(ぼじゅつゆめものがたり)』という本に著します。
そして天保十年、この本が幕府を批判したという罪で、長英は江戸小天馬町の牢に投獄されてしまいます(蛮社の獄)。5年後、長英は牢に火を放って逃亡。ここから全国を転々と逃げ歩いた長英と、それを追う幕史たちのすさまじい駆け引きが幕を開けます。
吉村 昭の「長英逃亡」は、破牢から逮捕までの約6年間を、綿密な資料を駆使し、絶妙の筆致で描いた吉村文学の代表作です。
追手の目から逃れるため、硝酸で顔を焼いて人相を変えた長英。その凄まじい生き様を「破獄」「仮釈放」等で数々の賞を受けた吉村 昭が、追う者と追われる者の心理を鋭く描いています。
逃亡から6年、 嘉永3年10月30日、江戸の青山百人町に潜伏したいたところを密告され、幕史に踏み込まれ、長英は短刀を振るって奮戦した後、喉を突いて自害。享年47歳。

上の浮世絵は三代目 歌川国貞「豊斎(ほうさい)」作の「高野長英 市川左団次」。
初代市川左團次の似顔絵を得意とした国貞の歌舞伎「水沢の一夜」の絵です。
歌舞伎の演目「水沢の一夜」は壮絶に生きた蘭学医・高野長英の涙と感動の幕末秘話でございます。
逃亡中、生まれ故郷の水沢へ、母と娘に逢いに行く長英。しかしそこに待ち受けていたものは・・・・・
初代市川左團次が演じる、心温まる母子の情の哀しい物語・・・・・!




posted by ツルカメ at 22:35| Comment(0) | 本のはなし・・・ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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