2016年03月14日

風さそふ 花よりもなほ 我はまた・・・・・・・・

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浅野内匠頭長矩(あさの たくみのかみながのり) 切腹前に辞世の句を詠む図

元禄14年3月14日(西暦1701年4月21日)、忠臣蔵でお馴染みの播磨赤穂藩の第3代藩主、浅野長矩が殿中にて刃傷をおこし切腹をした日。

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浮世絵:歌川国芳 仮名手本忠臣蔵 三段目

3月14日午前11時40分頃、江戸城本丸大廊下(通称松の廊下)にて、浅野長矩が「この間の恨み〜!」と吉良義央を斬りつける刃傷事件が発生。
その場で取り押さえられた長矩は、陸奥一関藩主・田村建顕の屋敷にお預けが決定。
午後4時30分頃に、田村邸についた長矩は1汁5菜の料理が出されたが、長矩は湯漬けを二杯所望し、これを食べる。
そして午後6時30分頃、田村邸の庭先にて幕府徒目付 磯田武大夫の介錯で切腹して果てます。享年35。

もともと浅野長矩は、短気であり統合失調症であった説もあるとか・・・・。

刃傷をおこした日に即切腹という異例の早さの展開ですが、これは刃傷事件というよりは、殺人未遂事件になるのでしょう。 後の四十七士の討ち入りも忠義のためとは言いながら、徒党を組んだ集団暴力事件なのかもしれません。

風さそふ 花よりもなほ 我はまた 
春の名残を いかにとやせん

浅野内匠頭長矩 ー辞世の句ー

「風に吹かれ散っていく花も春を名残惜しいと思うが、それよりも春を名残惜しく思う私はどうすればよいのだろうか・・・・・」
耐えて、耐えて、耐え忍ぶ・・・・それができなかった無念の思いがありますネ。

ただこの辞世の句も、浅野長矩が預けられた田村家にも資料が無く、刃傷から切腹までの6時間あまりの時間では、長矩本人が詠む時間は無いとの見方が強いとか・・・。
たしかに江戸時代とはいえ、4月21日頃まで桜が咲いていたかどうかは疑問です。

大好きな句ですがネ〜〜!






posted by ツルカメ at 15:34| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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