2013年06月11日

現代社会でも起こり得る「清太」と「節子」の物語。

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今日6月11日は二十四節気の芒種の次候、七十二候では腐草為蛍(くされたるくさほたるとなる)。腐った草が蒸れて、蛍になるという意味です。昔の中国では蛍は腐った竹の根や、腐った草が蒸れて蛍に化したものだと考えられていたとそうです。

ホタルの語源には「火垂(ほたり)・火照(ほたれ)・星垂(ほしたる)」など諸説あります。
火を垂らして飛ぶ姿から、そして夜空の星が垂れてきた物など、昔から人々はその儚い輝きにロマンを感じていたのでしょう。

そして蛍〈火垂る〉といえば、高畑勲監督の「火垂るの墓」。
よく火垂るの墓を「お涙頂戴の悲惨な反戦物語」と捉える方がおりますが、けしてこの物語は反戦をテーマにしたものではないと考えます。
昨今のニュースでも多々ある、餓死による孤独死。とても悲惨な話です。
「火垂るの墓」の兄〈清太〉にしても妹〈節子〉のために、もう少し社会に順応する力があったなら・・・・。 14歳の少年には酷かもしれませんが、彼が大人に対して意地を張ったために、節子を栄養失調で餓死させてしまうのです。これは戦時中だけではなく、現代社会でも起こっていること。 自分だけの世界に逃げてしまった「清太」の心情はわかりますが、けして人間は一人では生きていくことはできないのです。
核家族化による孤独、他人とは関わりをもちたくないという現代社会が生み出す新たな孤独という問題を、私たちは真剣に考えるべきでしょう。

ただ救われるのは、防空壕の中で兄と二人、暗闇の中を飛び交う蛍をキラキラとした目で見る節子の無邪気の横顔。彼女はこの時が一番幸せだったのかもしれません。


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2013年06月06日

蟷螂(とうろう)の斧

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今日6月6日は二十四節気の芒種の初候、七十二候では螳螂生(かまきりしょうず)。
カマキリの幼虫が孵化してくる時期です。
自宅の庭でも、卵から孵化したかわいいカマキリの幼虫が、ウジャウジャでてくる光景を毎年目にします。

カマキリといえば、【蟷螂(とうろう)の斧(おの)】
[弱小のものが、自分の力量もわきまえず、強敵に向かうことのたとえ]ですが、なんか猪突猛進の向う見ずタイプみたいですネ。
でも「韓詩外伝」には次のような話もあります。
斉の荘公が猟に出たとき、一匹の蟷螂が、あわや踏みつぶされそうになりながら、その両足を振るって荘公の車に向かってきた。いち早くそれを眼にとめた荘公は、「これは何という虫かな?」と訪ねると荘公の御者が「これはカマキリという虫でございます。この虫は進むことしか知らなくて、一向に退くことを知りません。自分の力のほども弁えずに、一途に敵に当る奴めでございます。」と答えた。
荘公はこの言葉を聞いて、「この虫がもし人間であったとすれば、それは必ず天下に並びなき勇士であったろう。」といって車を戻させ、わざわざ蟷螂を避けて進んだというお話です。

そお、カマキリはとっても勇敢な虫なのです。
そおいえばブルース・リーの「燃えよドラゴン」の中で、カマキリ相撲のシーンがあったのを思い出しました。でも中国ってコオロギを闘わせる「闘蟋(とうしつ)」が有名だよナ・・・・。
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2013年05月31日

「秋」と書いて「とき」と読む。

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今日5月31日は二十四節気の小満の末候、七十二候では麦秋至(むぎのときいたる)。
麦が熟し麦秋「ばくしゅう」となる時候です。
麦秋「ばくしゅう」という字をみると、麦の穂が黄金色になって秋のような景色になることを想像してしまいますが、この場合の秋は季節の「秋」ではありません。

「危急存亡のとき」という言葉があります。生き残れるか滅びるかの瀬戸際に立たされたときのことですが、この場合「危急存亡の時」ではなく「危急存亡の秋」と書くのが正解。
この言葉は三国時代に魏との戦いに出生する諸葛亮が後主劉禅に奉った『出師の表』にある、「今天下三分して、益州疲弊す。此れ誠に危急存亡の秋なり」に基づいたものだそうです。「秋」は、穀物を収穫する一年で最も重要な時期であることから、重大な時機を表す言葉になったそうです。 なるほど・・・・・。
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2013年05月26日

「くれのあい」、「すえつむはな」そして「べにばな」。

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今日5月26日は二十四節気の小満の次候、七十二候では紅花栄(ばにばなさかう)。
ベニバナの花が盛んに咲く時候です。

エジプト原産といわれる紅花は、染料、化粧用、薬用、食用として用いられ、日本へはシルクロードを経由して伝わりました。 万葉時代は呉藍(くれのあい)、平安時代は末摘花(すえつむはな)、そして江戸時代には紅花(べにばな)と呼ばれていました。

末摘花(すえつむはな)といったら『源氏物語』五十四帖に登場する、常陸宮の姫君のあだ名で、不美人でありながらも生涯光源氏と関り続けた女性の一人です。
皇族の一人娘でしたが、後ろ盾である父親を早くに亡くし困窮していた姫に、光源氏は「零落した悲劇の姫君」という幻想に憧れと好奇心を抱いて求愛します。そしてある雪の朝、姫君の顔をのぞき見た光源氏はその醜さに仰天し、彼女の「鼻が紅い」こととベニバナの「花が紅い」ことをかけて、「末摘花」というあだ名をつけたのです。
しかし光源氏は彼女の困窮ぶりに同情し、また素直な心根に見捨てられないものを感じて、彼女の暮らし向きに援助を行うようになったのです。

「なつかしき 色ともなしに何にこの すえつむ花を袖にふれけむ」

(それほど心惹かれる人でもなかったのに、なぜ末摘花のように鼻の赤いあの人に触れてしまったのだろう・・・・・) 光源氏の詠んだ歌です。
たとえ不美人であっても、女に翻弄された光源氏の生涯の中、権力闘争にも無関係で、嫉妬さえもすることのなかった、ただ待つだけの「末摘花」の存在が、彼にはどんなにか貴重で心休まる場所であったのだろう・・・・・。
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2013年05月21日

イモ電とモスラのいる風景

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今日5月21日は二十四節気の小満の初候、七十二候では蚕起食桑(かいこおきてくわをはむ)。カイコ(蚕)が桑の葉を盛んに食べて成長する時候です。

カイコといったら蛾(Moth:モス)の幼虫。 そお! モスラですネ。
カイコはカイコガの幼虫で、成虫は真っ白。翅はあるが体が大きく、飛翔筋が退化しているので飛べないそうです。
一方モスラは「極彩色の怪獣」と呼ばれるように、鮮やかな翅をもち、飛ぶことができます。
ちなみにモスラは蛾を意味する英語のMothと母を意味する英語のMotherを掛け合わせたものだそうで、「母性を象徴する怪獣」だとか。

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モスラの画像を何かつくろうと思ったのですが、成虫のフィギュアがないのでカワイイ幼虫フィギュアと、その外見から「イモ電・いもむし」と呼ばれていたNゲージの「たま電」を、レイアウトに配置して、ハイ「パシャリ!」。
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2013年05月15日

天才とは99%の「努力」と1%の「ひらめき」である!

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今日5月15日は二十四節気の立夏の末候、七十二候では竹笋生(たけのこしょうず)。
竹の子が生えてくる時季です。
でも竹の子といっても、日本で一般に食用とされている孟宗竹(モウソウチク)ではなく真竹(マダケ)のことをさします。孟宗竹は3〜4月ですが、真竹は5〜6月が収穫時期になります。

中国渡来の孟宗竹はその名のとおり、親孝行な孟宗が、年老いた母親が真冬に「竹の子を食べたい」という願いに、山へ行ってみると竹の子があったという話からその名がついたそうです。
真竹はかなり古い時代から日本に生えていたそうですが、日本原産かどうかは定かではないようです。
でもこの真竹が、偉大な発明家と深いつながりがあるのです。

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それは「天才とは99%の努力と1%のひらめきである!」で有名なトーマス・アルバ・ エジソン。そしてエジソンといえば「白熱電球」の発明。世界から夜が消えたと絶賛されたその白熱電球のフィラメントに使用されたのが京都八幡の真竹なのです。
今までのフィラメントでは連続50時間くらいしか点灯しなかったものが、八幡の真竹のフィラメントを使用したことで連続1200時間の点灯に成功。かくして彼は偉大なる発明王になったわけです。

最後に数あるエジソンの名言で好きなものを2つばかり

「なぜ成功しない人がいるかというと、それは考える努力をしないからだ。」
「私たちの最大の弱点は諦めることにある。成功するのに最も確実な方法は、常にもう一回だけ試してみることだ。」
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2013年05月10日

ミミズがニョロニョロ・・・・・

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瓢箪足、蚯蚓描の傑作 「市川団十郎の竹抜き五郎」
今日5月10日は二十四節気の立夏の次候、七十二候では蚯蚓出(みみずいずる)。
土の中からニョロニョロとミミズが這い出て来る季節です。
先日も野菜の苗を植えるのに、庭をほじくっていたら何匹かニョロニョロと出てきました。
見た目は悪いですが、ミミズは土を食べてお尻からフワフワの土を排出してくれる、とってもありがたい虫さんなのです。

ミミズといえば、蚯蚓描(みみずがき)〉と呼ばれる描法が浮世絵にあります。
ミミズがニョロニョロとくねったように筋肉を描く肉体描写のことで、鳥居清倍(きよます)の「市川団十郎の竹抜き五郎」がこの描法で描かれた有名な絵です。
鳥居派の代表的な画法にはまた瓢箪足(ひょうたん足)というのがあり、腕や足の筋肉を瓢箪のようにふくらませて描く技法です。
市川団十郎が得意とする荒事の歌舞伎の浮世絵にはもってこいの画法です。

運慶、快慶で知られる東大寺南大門の仁王様も、ある意味彫刻の瓢箪足、蚯蚓描といったところかもしれません・・・・・・。
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2013年05月05日

カエルといったら「ケ〜ロヨ〜〜ン!」です。

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今日5月5日は二十四節気の立夏の初候、七十二候では蛙始鳴(かわずはじめてなく)。
夏の到来とともに、田んぼなどで蛙が「ゲロゲロ」と大合唱を始める季節です。

昭和30年代生まれの私らには、カエルといったら「ケ〜ロヨ〜ン」でおなじみの「カエルのだいぼうけん」の主人公ケロヨンでしょうか。
影絵作家で有名な藤城清治さんが産みの親の「ケロヨン」。 私らが小学生の頃は「ケロヨン」の口癖である、「ケ〜ロヨ〜ン!」 「バハハ〜イ!」というのが大流行。
友達と「バイバイ」するときはいつもコレでした。懐かしいナァ・・・・・・・。
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2013年04月30日

義理と人情に咲き乱れる、真っ赤に燃えた「非牡丹」です!

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今日4月30日は二十四節気の穀雨の末候、七十二候では牡丹華(ぼたんはなさく)。
「富貴草」「百花草」「花王」とも呼ばれる牡丹。まさにその姿は百花繚乱の春の中にあっても、風格と気品を感じる「百花の王」のごとくです。

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牡丹といえば、藤純子(富司 純子)姉御演じる「お竜さん」の「緋牡丹博徒シリーズ」ですネ!
「♩娘盛りを〜度世にかけて〜 張った体に非牡丹燃え〜〜る♩」と決してうまいとはいえない姉御の歌ですが、それがまた良いのです!
この歌をバックに殴り込みをかける「お竜さん」。 義理と人情の任侠の世界で、華麗に咲き乱れる姉御の「非牡丹」! 最高ですヨ!!
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2013年04月25日

再生豆苗です。

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今日4月25日は二十四節気の穀雨の次候、七十二候では霜止出苗 (しもやみてなえいずる)。
霜が終わり稲の苗が成長する時候です。

苗といえば台所のキッチンガーデンで栽培している再生豆苗。 豌豆(エンドウ)の若菜です。
そのままサラダで食べたり、炒め物にしても美味しいです。
ネギのように何年も再収穫できませんが、水につけておけば2週間くらいで買ったときの大きさには成長してくれますヨ。
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2013年04月20日

人間は考える葦である・・・・・

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今日4月20日は二十四節気の穀雨の初候、七十二候では葭始生 (あしはじめてしょうず)。
春になり、葭が芽を拭き始める時候です。

アシ(葦、芦、蘆、葭、)はイネ科ヨシ属の多年草で、標準和名は「ヨシ」ですが、「アシ」が「悪し」に通じるのを忌んで「良し/ヨシ」と言い替えたそうです。
関西では「ヨシ」が一般的ですが、関東では「ヨシ」と呼ばれています。

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アシで思いだすのはパスカルの「人間は考える葦である」

「考えが人間の偉大さをつくる。」
 「人間はひと茎の葦にすぎない。自然のなかで最も弱いものである。だが、それは考える葦である。彼をおしつぶすために、宇宙全体が武装するには及ばない。蒸気や一滴の水でも彼を殺すのに十分である。だが、たとえ宇宙が彼をおしつぶしても、人間は彼を殺すものより尊いだろう。なぜなら、彼は自分が死ぬことと、宇宙の自分に対する優勢とを知っているからである。でも宇宙は何も知らない。
 だから、われわれの尊厳のすべては、考えることのなかにある。われわれが満たすことのできない空間や時間からではない。だから、よく考えることを努めよう。ここに道徳の原理がある。」
「考える葦。」
 「私が私の尊厳を求めなければならないのは、空間からではなく、私の考えの規整からである。私は多くの土地を所有したところで、優ることにならないだろう。空間によっては、宇宙は私をつつみ、一つの点のようにのみこむ。考えることによって、私が宇宙をつつむ。」

上記はパスカルが綴った構想ノートを、彼の死後に編纂して刊行された「パンセ」にある有名な「人間は考える葦」であるの原文です。
「人間は考える葦である」という言葉だけが一人歩きしてしまっていますが、このように原文を読むとパスカルの言わんとしたことが解る気がします。

人間が他の動物と異なるところは「なぜ」という疑問をもち、そして「考える」こと。そして「想像」し「感じて」「行動」できるとこにあると思います。
「Why, Think, Imagine , Feel, Move」それは人間を人間としてたらしめる崇高な行ないなのです。 人間は1本の弱い葦かもしれないが「考える」ことによって、その存在を宇宙と一体化することができるのです。
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2013年04月15日

淡く儚い、春の虹・・・・・

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今日4月15日は二十四節気の清明の末候、七十二候では虹始見 (にじはじめてあらわる)。
春になり、雨の後に虹が出始める時候です。

春の空に架かる春の虹は、夏の虹に比べると太陽光が弱いために、淡く儚くすぐに消えてしまいます。
そして、その年に初めて見た虹を「初虹」と呼ぶそうです。

「初虹も わかば盛りや しなの山」 一茶
妻子を病で亡くし、天涯孤独になってしまった一茶が、後妻を娶り新たな希望に輝きながら、生まれ故郷の虹の架かった風景を見て詠んだ句です。
一茶の晴れ晴れとした心情が伝わる、清々しい一句です。

ところで虹は英語で「rainbow」ですが、その語源は「rain/雨」と「bow/弓」で、雨でできた弓だそうです。
中国語では「虹」は蛇や龍の一種であり、「虫」は〈へび〉で「工」は〈つらぬく〉という意味があり、空に架かる大蛇を見たててできた漢字だとか。

今年は、春の空に架かった淡く儚い「七色の龍」を見ることができるでしょうか・・・・。
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2013年04月10日

天才浮世絵師 広重が描いた「月に雁」

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今日4月10日は二十四節気の清明の次候、七十二候では鴻雁北 (こうがんかえる)。
寒露の初候にやってきた雁が北へ帰っていく時候です。
鳥綱カモ目カモ科に属する鳥のうち大形のものの雁(がん)と呼び、古名を雁(かり)ともいう。

雁(かり)と言えば、昭和24年に発行された記念切手の「月に雁(かり)」。ゴッホやモネなどにも影響を与えた日本が誇る天才浮世絵師「歌川広重」の傑作を切手にしたものですが、昭和40年代半ばには6〜7万円の値をつけていました。今でも2万円くらいはする人気切手だとか。

代表作「東海道五十三次」で風景画家としての人気を不動のものとした歌川広重。ヨーロッパやアメリカでも、その大胆の構図と美しさに高い評価を得ており、空や海などの美しい青や藍色は、「ヒロシゲブルー」と呼ばれています。

そして広重作による傑作「月に雁」。秋の夜空に冴え冴えと浮かぶ月をバックに、急降下してねぐらに帰る三羽の雁。「静の月」に「動の雁」のシンプルな構成ながら、月の半分を大胆にカットした絶妙なトリミングが、見事なまでの緊張感とダイナミック感を生み出しています。
実際にはありえない秋の情景を、心のリアリズムで描いた「一瞬の秋の情景」。
見事です。

広重辞世の句、「東路へ筆をのこして旅のそら 西のみ国の名ところを見ん」 
あの世へ逝っても西方浄土の素晴らしい景色を見てみたい・・・・。

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2013年04月05日

「幸福の王子」のツバメは幸せだったのでしょうか・・・・・?

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今日4月5日は二十四節気の清明の初候、七十二候では玄鳥至(つばめきたる)。
台湾やフィリピン付近の南方から北上して、ツバメが渡ってくる時候です。

カラスなどの天敵から巣を守るため、人家の軒先に巣を作りますが、「ツバメの巣がある家は栄える」という言い伝えもあります。

ツバメで思いだすのが「幸福の王子」に登場する可哀想なツバメさん。初めて読んだのは小学生の時ですが、あまりにも切ないお話におもわず涙ぐんでしまった記憶があります。
「幸福の王子」は1888年、オスカー・ワイルド著による児童書の短編小説ですが、たかが子ども向けの本とあなどってはいけません。機知と才気に溢れた、唯美主義者ワイルドの名作なのです。
成人してから曽野綾子さん訳による「幸福の王子」を読みましたが、クリスチャンである曽野さんならではの解釈による訳文は、原作を超える深い思いやりのある作品です。

でも初めて読んだ小学生の時は、子ども心にも王子の足下で凍え死んだツバメさんが、果たして幸せだったのか・・・・・と悩みましたネ。
ツバメさんは仲間と暖かな南方へ行くはずだったのに、動くことのできない王子の頼みにより、彼の手足となって働きます。始めはシブシブだったツバメさんも、自分がしている行いに気付き、最後は死を覚悟して王子と一緒にいることを誓います。

この物語は、幸福の王子が「神/イエス・キリスト」でツバメが「人間/イエスの弟子」であると解釈される人もおりますが、はたして作者であるワイルド自信にはどのような意図があったのか? 「サロメ」で知られる唯美主義者のワイルドは、ただ単に世間に対して「哀愁のこもった皮肉」な話を書きたかっただけかも知れません・・・・・・。

慈愛の精神のもと、命を落とし天国へいったツバメさん。 彼が本当に幸せだったのか、今も私にはわかりませんが・・・・・。
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2013年03月31日

二人の巨匠が描いた「雷様」!

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今日3月31日は二十四節気の春分の末候、七十二候では雷乃発声(かみなりすなわちこえをはっす。
遠くで雷の音がして、稲光が初めて光る時候です。
ここ2、3日曇り空で、雷こそなりませんがまた冬の寒さに逆もどり。
春分以降の雷は「春雷」と呼ばれ、ひょうを降らせて作物に被害を与えることもあるそです。

雷といえば「雷様」。雲の上で怖い顔をして、太鼓を叩いてゴロゴロしている神様ですネ。
非業の死をとげた菅原道真が死して亡霊となり、天神(雷の神)になったと伝えられています。 そして私たち日本人には、雷さまは鬼の姿で、頭には牛の角が生え、虎のふんどしを締め太鼓(雷鼓)を打ち鳴らす姿が、俵屋宗達の風神雷神図の絵で刷り込まれています。

宗達の最高傑作であり国宝の「風神雷神図」。
画面からはみ出るように配された風神と雷神が、見事なまでの緊張感を生み出し、圧倒的な存在感を作り出しています。

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国宝 俵屋宗達 「風神雷神図」
そしてこの風神雷神図は、もう1枚、尾形光琳が模写した重要文化財になっている風神雷神図があります。 光琳は意図的に風神雷神を画面の中に収めることにより、枠というものを意識させることで、調和のとれた美しい空間を生み出しています。
そしてこの構図から光琳は、最高傑作である国宝「紅白梅図屏風」を描いています。

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重要文化財 尾形光琳 「風神雷神図」
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国宝 尾形光琳 「紅白梅図屏風」
江戸時代の巨匠が描いた風神雷神図。現代のモダンアートをも凌駕するすばらしい作品です。今度雷が鳴ったときは、空を見上げて雲の上の雷神様の姿を思い浮かべるのも一興かと。

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2013年03月26日

花よりダンゴ!

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今日3月26日は二十四節気の春分の次候、七十二候では桜始開(さくらはじめてひらく)。
桜の花が開きだす季節です。
今年は急に温かくなり桜の花も例年より早く開花。各地の桜祭りの会場も会期を早める作業でテンテコマイの様子がニュースで流れております。

お花見もいいですが、どちらかというと私は「花よりダンゴ」。
餡子たっぷりの桜餅をほおばるのが最高です。ところで桜餅の葉っぱは食べる派でしょうか?
小さい頃、両親は「これは一緒に食べるものなのヨ」といって食べていましたが、美味しくないので剥がして食べていました。今は塩漬けされた葉っぱの味が、餡子の甘さと絡み合って「美味しい!」と感じるようになったので、そのままカブリついていますが。
でも江戸風桜餅の「長命寺」は、ちょっと葉っぱのスジが気になるのは確か。
上方風桜餅の「道明寺」の葉っぱの方が、小ぶりなのかシットリしていて美味しいです!
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2013年03月21日

雀の学校は、暴力教室・・・・・!?

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今日3月21日は二十四節気の春分の初候、七十二候では雀始巣(すずめはじめてすくう)。
雀が巣をかまえ始める季節です。

雀で思い出すのがチイチイパッパの「スズメの学校」の童謡。
「♩スズメの学校の先生はムチをふりふり チイパッパ♩」。 歌詞だけ見ると怖〜いですネ。

なんでも昔の教員採用試験の問題に「スズメの学校」と、同じく童謡である「メダカの学校」では、どちらの先生が良いかというのがあったそうだ。
「メダカの学校」は「♩だれが生徒か先生か、みんなで元気に遊んでる♩」。 たしかに一見のどかで、今の文科省が喜びそうな歌詞です。
しかし「スズメの学校」に比べて、生徒の自主性が尊重されてはいるのでしょうが、教師としての責任感や威厳は感じられません。
一方、「スズメの学校」の先生はムチ(教鞭)をタクトのように振って、声の揃わない生徒たちを一生懸命に指導しているのです。

教師受難時代の今、「教鞭」をムチのように扱うのは言語道断ではあるけれど、「教鞭」を温かい愛の鞭として使う方法を考えなくてはいけないのでしょう。

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2013年03月16日

蝶々婦人の家紋は蝶紋!?

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今日3月16日は二十四節気の啓蟄の次候、七十二候では菜虫化蝶(なむしちょうとなる)。
青虫が羽化して蝶(紋白蝶)になる季節です。

蝶で思い出すのが「丸に揚羽蝶」の蝶紋。昨年のNHK大河では低視聴率で話題になった「平清盛」の文様ですネ。文様の中でも特に美しく優美な意匠をしています。
この蝶紋、平家の代表紋のように言われていますが、実際には他の武家や源氏でも使用されていたとか・・・・。 壇ノ浦の戦いで無惨に滅び去った平家への想いが、平家すなわち蝶紋というイメージに転化したのでしょう。 「平家物語」や「源平盛衰記」にさかんに出てくる蝶紋が後に「家紋」に発展していったという説もあります。

ちなみに「蝶々婦人」のモデルで有名な、幕末時代の英国商人トーマス・ブレーク・グラバーの妻、「グラバー・ツル」の家紋も蝶紋だそうです(チョットこじつけっぽい気もしますが・・・)。
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2013年03月11日

満面の笑みを浮かべ、かわいい花が咲き出します。

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今日3月11日は二十四節気の啓蟄の次候、七十二候では桃始笑(ももはじめてさく)。
かわいい桃色の桃の花が咲き出す季節です。
ちなみに「笑う」を辞書で調べたら、「春になって、芽が出たり花が咲いたりして、明るいようすになる。」という意味もあるそうです。おもに俳句など、文学的表現に用いるそうで、例えば〈山笑う〉とか。なるほど、確かに一面に咲きほころぶ花々で、山も喜んでいるような情景が目に浮かびます。
近所の桃畑の花もかわいい花が咲き出してきました。

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自宅近所の桃畑
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2013年03月06日

「つくしんぼ」がニョキニョキと・・・・。

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今日3月6日は二十四節気の啓蟄の初候、七十二候では蟄虫啓戸(すごもりむしとをひらく)。
冬ごもりしていた虫が出てくる季節です。
庭の地面を見回しましたが、穴から出てきた虫は発見できず・・・・・・。
かわりに「つくしんぼ」が地面からニョキニョキでているのを発見! 春ですネ!

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