2012年11月11日

「木村の前に木村なく、木村の後に木村なし!」

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1940年天覧武道大会で優勝し、昭和天皇から下賜された短刀を手にする木村政彦。

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袈裟固めでエリオ・グレイシーの首を締め付ける木村政彦。腕がらみでエリオの腕をへし折り、木村が一本勝ちをおさめる。
2011年発行の増田俊也著の「木村政彦はなぜ力道山を殺さなかったのか」。
「鬼の木村」と讃えられ「木村の前に木村なく、木村の後に木村なし」と賞される史上最強の柔道家「木村政彦」の壮絶な生き様を描いた長編ノンフクション。

「鬼と鬼」
16歳で講道館柔道四段を取得した木村は、「九州の怪物」と恐れられ全国にその名前を轟かせる。そして「鬼の牛島」の異名をもつ拓殖大学の牛島辰熊に見いだされ「牛島塾」に入門。「鬼」と「鬼」が出逢い、木村はここで天性の才能を開花させます。
「鬼の牛島」は柔道全日本大会を5回制覇。そして何よりすごいのが、石原莞爾の『世界最終戦争論』に心酔し、弟子の木村を使って東条英機暗殺計画を企てて逮捕されたという経歴をもつ本物の「鬼」である。

「柔能く剛を制する 剛能く柔を断つ」
木村は1937年から全日本選手権を3連覇。そして40年に行なわれた天覧武道大会では5試合全てを一本勝ち。
兵役復帰後の49年、ブランクがあるにもかかわらず全日本選手権で優勝。全日本選手権13年連続保持という驚異的な記録を打ち立てる。
昭和25年引退するまで不敗を誇る木村の強さの秘密とは・・・・。
 
木村の練習量の凄さには様々な逸話がある。
練習量は1日10時間以上。拓大での稽古が終わると警視庁、皇宮警察などで乱取り稽古をし、夜は大木に向かって1000回の打ち込み。「寝ている時間は稽古ができない!」と睡眠時間はたったの3時間。そして剛柔流空手と松濤館空手の道場にも通い打撃技も習得。
また師匠の「鬼の牛島」とともに近代的ウエイトトレーニングも導入し、表紙カバーの写真を見てもわかるとおり、圧倒的なパワーと筋量の身体を作りだした。まさに「柔能く剛を制する 剛能く柔を断つ」の精神である。

グレイシーを敗った男
1951年、ブラジルへ渡った木村はヒクソン・グレイシーの父親である柔術家エリオ・グレイシーと対戦。2R目、木村は得意の大外刈から腕がらみに極め、エリオの腕をへし折り、セコンドからのタオルの投げ込みにより1本勝ちをおさめる。
そして帰国した木村はプロレスラーとして力道山とタッグを組むことになるのだが、不仲になり因縁の対決「昭和の巌流島」へと展開していく。

なぜこれほどの強さを誇った木村が力道山に負けたのか? 木村の強さに惚れ込んだ著者渾身の力作です。

柔道とJUDO
ロンドンオリンピックで惨敗した日本柔道。オリンピックにおいてもはや柔道はJUDOである。
木村はいつも試合前夜に短刀で切腹の練習をしてから試合に臨んだという逸話があるが、武道ではなくスポーツとなったJUDOではこんな精神論は通用しないのかもしれない。
武道には「残心」という教えがある。たとえ相手を倒し勝ったとしても、気を休めることなく次の行動に対処する構えである。今のJUDOのようにガッツポーズなどはしない。
日本柔道連盟もメダル至上主義のオリンピックJUDOを捨て、真の柔道の道を見極めて欲しいものです。




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2012年10月24日

ハッカーとクラッカーの違い。

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1997年発行の建倉圭介著の『クラッカー」。定年退職間際のサラリーマンが、自分を閑職へ追い込んだ上司への復讐のため、最後の賭けに出る。平凡なサラリーマンとして人生を過ごしてきた主人公だが、元プログラマーとしての失った誇りを取り戻すべく、コンピュータを駆使した犯罪者「クラッカー」となり、会社からの横領を計画します。しかし計画以上の多額の金がすでに横領されていた・・・・・。
コンピュータを駆使した駆け引き、そして定年間際のサラリーマンの悲哀。15年ほど前の小説ですが、今読んでもなかなか面白いお話です。

しかし最近の遠隔操作ゥイルス事件も誤認逮捕者はでるは、警察の誘導尋問による供述問題等、またまた無能さをさらけだしております。日々進化するIT犯罪に政府、公安、警察も本腰を入れて取り組まねば!

ちなみにコンピュータを悪用している人を「ハッカー」と読んでいますが、それは間違い! もともと「ハッカー」とはコンピュータ技術に精通した人のこと。そして悪意をもって他人のコンピュータのデータやプログラムを盗み見たり、改ざん・破壊などを行う者のことを「クラッカー(破壊者)」と呼びます。
〈IT用語辞典より〉
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2012年10月05日

技術立国 日本の明暗。

光る壁画.jpg
1981年に刊行の大好きな吉村 昭氏の「光る壁画」。 吉村氏の真骨頂ともいえる卓越した緻密な取材から生まれる物語は、どれも傑作で読み終えたあとに静かな感動を覚えさせてくれます。
本書「光る壁画」は今年はじめ粉飾決算による金融商品取引法違反で前社長をはじめ7人の逮捕社をだしたオリンパスの輝かしい栄光の時代を描いた話です。

ヨーロッパでは古くから開発が試みられていた内視鏡。初めて生きている人間の胃の中をのぞき見たのはドイツの医師クスマウルで、剣を呑み込む大道芸人に47センチの真っ直ぐな金属管を呑ませて実験したそうです。その後様々な試作品が試されましたが、どれも実用化にはいたらず。 そんな開発困難であった内視鏡開発の依頼が東大からオリンパスにやってきます。

幾度の失敗を繰り返しながらも技術者たちの熱い想いが、やがて実用化は不可能と思われていた内視鏡を完成へと導いていきます。フィクションでありながら緻密な取材によるノンフィクションのドキュメンタリーのようである吉村氏の文章は、寡黙でありながら深い感動をあたえてくれます。

しかしながら、このような素晴らしい技術者たちの熱い物語を読むと、昨今の我が国の製造業の落ち込みには不安を覚えます。
医療用の内視鏡分野ではパイオニアであったオリンパスがソニーと提携を発表しましたが、“世界で一番新しいモノを最初につくる”という理念のソニーも最近は不調つづき。
また「液晶の雄」とうたわれたシャープも韓国企業におされ、業績悪化。
技術立国と呼ばれた輝かしい日本はどこに行ってしまったのか・・・・。
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2012年09月07日

SF小説がSFでなくなる日。

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「ショート ショートの神様」と呼ばれたSF作家の星新一さんの作品をコンピュータに分析させて、5年以内に同等以上の小説を創作する研究が、「公立はこだて未来大学」で始まるそおだ(7日の読売新聞 朝刊に掲載)。
「ボッコちゃん」をはじめ1000編以上の作品を人口知能搭載のコンピュータに分析させ、星さんの独創性を見いだし、400字詰め原稿用紙20枚以内のオリジナル作品を創作し、架空のペンネームで文芸コンテストに応募し、入選を目指すとか・・・。

チェスやクイズなどでは人口知能が人間のチャンピオンを打ち破るほど進化してきたが、はたしてコンピュータに芸術的感性を見いだすことができるのでしょうか?

でも本当に入選したら、ちょっとシャレにならない位に怖い話ではないでしょうか。
私もパソコンで仕事しながら、過去の作品をコンピュータに分析させ、コンセプトや必要事項を入力するだけで、パッとデザインができあがるスーパーコンピュターが欲しいなァ〜と思いますヨ!
でもコンピュータはただの便利な道具でよいのです。
「ドラえもん」を頼る「のび太」が進歩しないように、いつしかコンピュータがなければ何もできない世界になりたくはないですし。

そんな新聞記事を読んでいたら、昔読んだ神林長平の「言壷」という小説を思いだしました。

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第16回日本SF大賞受賞の本作「言壷」は9作品の短編からなる「言葉の持つ力」をテーマにした小説です。
小説の世界では「万能著述支援用マシン」という人口知能を搭載した万能ワードプロセッサーの「ワーカム」と呼ばれる機械が登場します。

小説家である解良(けら)翔はワーカムを使って「私を生んだのは姉だった」という文章を打ち込もうとする。
しかし何度打ち込んでもワーカムがそれを拒否してしまう。
「意味が通りません」、「意味が間違っています」。 「本当は“私を生んだのは母だった”と書きたいのではないですか・・・?」と。

そしてやっと解良がワーカムの画面に「私を生んだのは姉だった」という文章を打ち込むことに成功。
解良は友人に電話で「やっとワーカムに“私を生んだのは姉だった”が打ち込めた」と報告します。しかしそれを聞いた友人は「なにを言ってるんだ、そんなの当たり前だろ!“私を生んだのは姉(ハハ)だった”なんて」
それを聞いた解良は愕然とし、やがて気づきます。
世界中を結ぶワーカムのニューロネットワークの言語空間が崩壊し、それが現実の世界の言語空間をも変容させてしまったことを・・・・。
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2012年08月28日

新田次郎著「怒る富士」

怒る富士.jpg
絵:梅原龍三郎「噴煙」
日本最大の活火山、富士山の噴火に備え、静岡県などが広域避難計画を定める協議会を発足したそうです。気象庁は「今のところ噴火の兆候はみられない」としているものの、国や専門家で構成した「富士山ハザードマップ検討委員会」によれば富士山が噴火した際の降灰などによる被害額は最大で約2兆5千億に上ると試算。あくまでも机上のシュミレーションなので、もっと最悪のシナリオが待っているかも知れない。
あらためて歴史に学び、対策を練ることが今こそ必要な時でしょう。

本書、「怒る富士」は山岳小説のパイオニア新田次郎氏の大自然の恐怖を描いた長編時代小説です。
江戸時代の宝永4年10月4日(1707年10月28日)、推定マグニチュード8.6〜8.7と推定される東海地震と南海地震が同時に発生。そしてこの宝永地震の49日後に富士山が大噴火。歴史上最大とされる富士山の噴火「宝永大噴火」が発生します。富士山は19日間にわたり灰を降らし続け、山麓で1m以上、遠い江戸でも3pの降灰に襲われます。小田原藩は自力での回復を図るが、あまりにも甚大の被害のため被災地を「亡所」として幕府に返上。幕府は「亡所」となった被災地へこの物語の主人公である関東郡代 伊奈半左衛門忠順を派遣します。

被災地を目の当たりにした半左衛門は、農民を救うために強く幕府に援助を要請する。しかし彼が見たものはいつの時代も同じ為政者たちの、被災農民を道具にした醜い政権争いであった。
諸大名から集めた被災村救済資金を江戸城の大奥改修に流用、また被災地の復旧工事は江戸の業者だけに入札させる等の酷い有様。

農民達が次々と飢えて死んでいく中、ついに半左衛門は決心します。
たとえこの身がどうなろうと、禁則を犯し飢えに苦しむ農民に幕府米五千俵を密かに与えようと・・・・。
農民救済に命をかけた代官 半左衛門の壮絶な生きざまです。

自分の保身と政権争いに明け暮れる、為政者の責任感の無さはいつの世も変わらぬものです。
半左衛門は御役御免となり、割腹して命を絶ちます。
被災地の農民達は半左衛門の徳を偲んで小さな石の祠をつくり幕府の目をはばかって詣でていたそうです。
そして昭和32年に小山町須走に合祀し今の伊奈神社が建てられました。

政治に携わる者は、半左衛門のような気概をもって事にのぞんでほしいものです。



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2012年08月04日

愚者は経験に学び、賢者は歴史に学ぶ!

津波石碑.jpg
此処より下に家を建てるな。高き住居は児孫(じそん)の和楽(わらく)。想え惨禍の大津波。
先月NHKで放映された「日本人は何を考えてきたのか」シリーズ第7回 「魂のゆくえを見つめて〜柳田国男 東北をゆく〜」はシリーズの中でもなかなか見応えのある秀作でした。
民俗学の創始者である柳田国男は、多くの戦死者を出した太平洋戦争後、人の死後、魂はどこへゆくのかを民俗学的に究めた人物です。 番組では明治、昭和のニ度の三陸大津波で甚大な被害を受けた東北地方を、歩いて取材した「雪国の春」、そして柳田国男の代表作である「遠野物語」を題材に構成されています。
中でも岩手県宮古市姉吉(あねよし)の大津波記念碑の石碑の話は感銘を受けるものでした。明治の津波で全戸が流出し80人が死亡、昭和の津波でも全戸が流出し117人もの人が犠牲になったそうです。
「雪国の春」には明治の津波後、自分の家を捨てて高みへ上がった者、それに反し津波の経験を忘れ、再び生活やお金のため海辺近くへもどった者たちの明暗の話が書かれています。
「此処より下に家を建てるな」 この石碑は1933年の昭和三陸大津波の後、海抜約60メートルの場所に建てられたもので、先人の教えを守った姉吉の住民は3.11の東日本大震災では被災せずにすみました。
大戦後、近代国家の仲間入りを果たした日本。数多くのものを手にいれた反面、大切なものを失ってしまったのではないか・・・。 この番組を見て心に浮かんだ言葉が、ドイツ初代宰相ビスマルクの「愚者は経験に学び、賢者は歴史に学ぶ」。 愚者は自分で失敗して初めてその原因に気付き、繰り返さないようにするが、賢者は他人の過去の失敗から学び、同じ失敗をしない。
今では柳田国男の「雪国の春」も「遠野物語」も古典であり、流行のビジネス書のように役立つ情報など無いように思えるが、先人の教えを謙虚に見つめ直す時かもしれない。
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2012年07月10日

「真理」とは常にシンプルなもの・・・。

羊の宇宙.jpg
原作 夢枕 獏、絵 たむらしげる二人の競演による絵本「羊の宇宙」。原作は1991年発行の「鳥葬の山」に掲載された30頁たらずの短編ですが、原文をそのままに、たむらしげるさんの心和む絵で構成された宇宙の「真理」を問うた傑作です。
物語はカザフスタンの羊飼いの少年と年老いた物理学者(アルバート・アインシュタイン)が、「宇宙」「空間」「時間」そして「物質の存在」について高僧と修行僧の禅問答のように語りつくしていきます。しかしその問答は限りなくシンプルなのです。
物理学者が羊飼いの少年に問います。「宇宙は何からできているのかな・・・?」
少年が微笑みながら答えます。「この宇宙は羊と、羊じゃないものからできているんだよ!」
宇宙の根本原理を語るのに小賢しい知識や、難しい数式は必要ないのです。「真理」は実にシンプルなもの。
「色即是空、空即是色」。眼に見える存在するものも、眼に見えないが存在するものも、すべて一体なのです。
物語の中でアインシュタインが語るように、物理学も仏教も宇宙の真理について語られた言葉なのです。森羅万象に想いが馳せる、素敵な物語です。
原作が掲載されている「鳥葬の山」も怪奇、幻想、大自然の夢枕 獏ワールド全快の大変おもしろい本です!

鳥葬の山.jpg
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2012年06月30日

朝露に輝く、美しく儚い蜘蛛の糸。

蜘蛛の糸.jpg
早朝、窓辺の盆栽に水やりをしようとしたら、もみじと黒松の盆栽の葉の間に、とっても小さなクモが作った蜘蛛の巣ができていました。朝露に濡れて輝く蜘蛛の巣はキラキラと輝き、とても美しく儚いものに感じます。ここに捕獲させる虫にとってそこは地獄かもしれませんが・・・・。
そんなことを想っていると芥川龍之介の「蜘蛛の糸」の犍陀多(カンダダ)を思い出しました。芥川龍之介の初めての児童文学となる本作は、人間のエゴイズムを浮き彫りにした名作です。 日頃の悪行から地獄に落ちた犍陀多は生前に蜘蛛の命を助けたことから、哀れに思ったお釈迦様が地獄の犍陀多に1本の蜘蛛の糸を垂らします。
喜び勇んで蜘蛛の糸を登る犍陀多。ふと下を見下ろすと、細い蜘蛛の糸には無数の地獄の亡者たちが・・・・。
このままではこの細い蜘蛛の糸は切れてしまう。「この蜘蛛の糸は俺のものだ! お前たちは下りろ!」と叫んだ瞬間ぷっつりと糸は切れ、犍陀多もろとも血の池地獄に向かって落ちていきます。
お釈迦様の慈悲の糸は簡単に切れてしまいましたが、切っても切れないものは人間の哀しい「業」と「さが」。

ア〜ぁ! この蜘蛛の巣、こわせなくなってしまった・・・・・。
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2012年06月16日

登山家は答える・・・・「そこに山があるから」そして「山は下りてこそ」。

神々の山.jpg
SF伝奇バイオレンス作家の夢枕 獏が、前人未到の「エベレスト南西壁冬期無酸素単独登頂」に挑む姿を描いた、異色の山岳小説「神々の山嶺(いただき)」。 「そこに山があるから」という有名な台詞を残し1924年、エベレストに姿を消したジョージ・マロリー。彼は本当にエベレスト初登頂をなし得たのか? 
1999年の国際探索隊によって遺体が発見された時には見あたらなかったマロリーのカメラをカトマンズの裏街で偶然に発見したことから、主人公の伝説の単独登攀者、羽生の「なぜ人は山に登るのか?」という永遠の問いに答える鬼気迫る壮絶な戦いが始まります。フィクションでありながらノンフィクションのようなリアルさに圧巻する作者渾身の新しい山岳小説の幕開けともいうべき作品です。

今年の5月26日、プロ登山家の竹内洋岳(ひろたか)が日本人初のヒマラヤ8000メートル峰全14座の完全登頂に成功! 彼にとっての登山は無事ベースキャンプに着いた時に初めて、登山という「輪」が閉じる。「山は下りてこそ・・・」なのだそうだ。ちなみに私が敬愛する冒険家の植村直己は「冒険で死んではいけない。生きて戻ってくるのが絶対、何よりの前提である」という台詞を残している。1984年2月にマッキンリーの厳冬期単独登頂の快挙達成直後、下山中に行方不明となってしまったが・・・・。

この夏、山に取り憑かれた男たちの熱い生き様を読むのも面白いかも!

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2012年06月12日

アインシュタインの相対性理論は覆らず!

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昨年の9月23日、欧州合同原子核研究機関の実験グループ「OPERA」がニュートリノが光よりも早いという実験結果を発表。アインシュタインの相対性理論により実現は不可能とされていたタイムマシンも夢ではなくなるという、SF小説のような話もとびかいました。
しかしながら今月の8日に、再度確認実験したところ実験装置の時計と光ファイバーの接続部に隙間があり、それが原因で時計が遅れてしまいニュートリノが光速を超えたという判断をしてしまったとの実験ミスを公式に発表。なんともお粗末な話でございますが・・・・。
昔に読んだ、ジュール・ヴェルヌとともに「SFの父」と賞されたH.G.ウェルズの「タイム・マシン」。人類の進歩の果てに訪れた破滅と終焉を描いた、古典SFの不朽の名作です。ここに登場するタイムマシンがいつかは現実のもになるかと思っておりましたが、その実現はまだまだ遠〜〜い未来の話ですネ・・・・。
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2012年06月09日

露と答えて・・・・

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「白玉か何ぞと人の問ひしとき 露と答へて消えなましものを」
全125段からなる、王統の美貌の貴公子「在原業平(ありわら の なりひら)」を主人公としたといわれる伊勢物語。 その第6段 芥川。 業平は藤原長良の娘、高子(たかいこ)に恋をし、夜中に高子を奪い逃走します。
芥川のほとりに着いたとき、高子は草の上に光る露を見つけ「あれはなぁに?」と業平に尋ねます。家の中で大切に育てられた高子は、真珠は見たことがあっても露を見たことがないのです。しかし急の雨と雷に、二人はあわててそばの朽ち果てた蔵の中に身を隠します。そこに鬼が隠れているとも知らずに・・・・。入口で追っ手を警戒していた業平が異変に気づいた時には、高子は鬼に喰われていました。
「あれはなぁに? 白玉?」と高子が尋ねた時に、なぜすぐに答えてあげなかったのだろう。「あれは露ですよ」と。そう答えて私も朝露のように儚く消えてしまったら、こんなに嘆き哀しむこともないのに・・・・。
高貴な女性たちとの禁忌の恋などが多く語られている伊勢物語。風流の道にその生涯を蕩尽した業平の歌は華麗にして哀切な情感をたたえた歌が数多くあります。

写真の花は、朝咲いた花が昼にしぼむことが朝露を連想させることから「露草」と名付けられたという儚い花。
その青さが鮮やかであるが故に、より一層いじらしくもあります。
関東地方もいよいよ「梅雨入り」。ジメジメとした気の滅入る季節かもしれませんが、自然にとっては大切な恵みの雨と思えば気が晴れるかも。

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露草の盆栽仕立て。
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昼には儚く閉じてしまいます。
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2012年06月02日

失われて38年。青空に映える鮮やかな「鴇色(ときいろ)」

朱鷺色.jpg
本棚の片隅に「色々な色」という本があります。日本の伝統色等を中心に解説した、美術書です。手にとるのは1年に1〜2回ですが、色の本というだけあって装丁や色使いがとても綺麗な本です。
日常何気なく耳にする、「瑠璃色(るりいろ)」「亜麻色(あまいろ)」「鈍色(にびいろ)」「浅葱色(あさぎいろ)」「萌葱色(もえぎいろ)」等の色名ですが、いざ「どんな色?」と言われると答えに詰まるものです。
そんなときこの本をひっぱり出し、昔の人が自然界から探しだした感性豊かな「色」に触れることができます。

先月の30日。佐渡市で自然界で38年ぶりに巣立ったトキの幼鳥が、飛び立つ姿が確認されました。ニッポニア ニッポンという学名だけあって、江戸時代までは日本各地でよく見られる鳥だったとか。色名にある「鴇色(ときいろ)」とはトキが飛ぶときに見せる風切羽の色で、やや紫に近い淡いピンク色。
絶滅しつつあったトキとともに忘れさられてしまう「鴇色」でしたが、いつの日か日本全国で、青空に美しい鴇色の羽をひろげて飛ぶトキを見ることができるでしょう。
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2012年05月24日

「俺の後ろに立つな。命が惜しければ・・・」

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「用件を聞こう」「俺の後ろに立つな。命が惜しければ」の決めぜりふでお馴染みのゴルゴ13(サーティン)。
本書は2002年に発行された「読者が選んだゴルゴ13のベスト13」。百科事典の倍はある厚みの1,300ページに選りすぐりの13作が収められています。
ゴルゴ13の生い立ちの謎に迫る「日本人・東研作」や「海へ向かうエバ」等、まさに宝玉の名作揃いです。
中でもベスト7に選ばれた「沖縄シンドローム」は、今月15日で日本復帰40周年を迎えた沖縄を舞台にした感慨深いものです。中国、薩摩、明治政府、アメリカ、そして再び日本本土の属国のような扱いを受け続ける沖縄を、自らの手で独立させようと決起した自衛隊 伊庭一等空尉。極東最大の空軍嘉手納基地が決起した自衛隊の手に落ちる?! 危機を感じた日本政府、ホワイトハウスは国際的超A級スナイパーにコンタクトをとるが・・・・。
復帰して40年もたつ沖縄だが、いまだに日本政府とアメリカに翻弄される沖縄の痛ましい姿を描いた名作です。
(写真は残念ながらゴルゴの愛銃M16A2改ではなく、我が愛銃のSR-16 M4改でございますが・・・)
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2012年05月05日

今宵、夜空に浮かぶはスーパームーン・・・

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2012年5月5日 21:00 神奈川県川崎市にて撮影のスーパームーン

こどもの日の今日、月が満月を迎えるタイミングと、地球との距離が年間で最も近くなるタイミングが重なる「スーパームーン」現象の日です。通常に比べ16%大きく、30%明るく見えるそうです。自宅の窓から月を眺めると、たしかに明るく大きい感じもいたします。
昔からスーパームーンが夜空に現れると、地震や火山活動などの自然災害が起きるという迷信があります。月が地球に近づくことによって月の引力が強まり、大気や地殻、火山活動が活発化し災害を引き起こすという説です。
そんな事を考えていたら昔読んだ、荒俣宏の「帝都物語」を思い出しました。
帝都破壊を目論む魔人、加藤保憲が陰陽道、風水、奇門遁甲などの術を駆使し平将門の怨霊を呼び出したり、天の竜を駆り立て、月を地球に近づけ天変地異を引き起こそうとする壮大な物語です。
まァ、天文学者の話によれば、いつもより大きくて美しい満月が現れる以外、何も起きることはないそうですが・・・・。



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2012年04月28日

都道府県 独立国家論に明日はあるか・・・・!?

蒼茫の大地.jpg
今月の25日、地元である神奈川県の黒岩知事が、県域全体を特区とする構想に向けての「神奈川独立国構想」なるものを政府の地方制度調査会で説明した。防衛や司法を除く幅広い分野で、徹底的な規制緩和と権限移譲を目指し、香港や江戸時代の長崎出島など「一国二制度」のような存在を想定しているようだ。しかしながら横浜市が神奈川県からの独立を柱とする「特別自治市構想」をかかげており、県と市との対立も避けられないムードに・・・。 
そんな新聞記事を読んでいてフッと思いだしたのが、この西村寿行の「蒼茫の大地、滅ぶ」です。
中国大陸で大発生した飛蝗(トノサマバッタ)が日本海を渡り、東北地方に襲いかかるという未曾有のパニック、サスペンス。一瞬にして農作物を食い尽くす飛蝗によって日本全体に飢餓の危険が迫りますが、日本政府は中央都市生き残りを考え、東北地方を切り捨てる政策に。そしてついに東北6県は日本からの独立をはかり「奥州国」を打ち立てます。
パニック小説でありながら、当時の地方自治体の問題点や中央集権の政策批判を主眼においたストーリー展開で、なかなか読み応えがあります。
はたして神奈川は日本からの独立国になりうるのか・・・・?
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2012年04月15日

奇想天外、痛快無比の伝奇小説「魔界転生」

山田風太郎.jpg
山田風太郎の人気シリーズ「忍法帖」の最高傑作、「魔界転生」です。奇想天外、痛快無比のストーリーに学生時代、徹夜して読んだ記憶があります。
時の将軍、家光の天下を奪わんと忍法「魔界転生」を用い天下の剣豪たちを生き返らせる森宗意軒。
天草四郎時貞・荒木又右衛門、居合の田宮坊太郎、宝蔵院流槍術の宝蔵院胤舜、尾張柳生流の柳生如雲斎、江戸柳生流の柳生宗矩、宮本武蔵ら名だたる剣豪たちを転生させ幕府を倒そうと陰謀をめぐらせます。そして魔人と化した剣豪たちに立ち向かうのが、われらが柳生十兵衛三厳。荒唐無稽、奇々怪々、酒池肉林な山田風太郎ワールド炸裂の伝奇小説の決定版です!!!。
表紙の佐伯俊男さんのシュール&ポップなイラストもいい味を出しております。
ちなみに千葉真一、沢田研二主演の映画「魔界転生」も最高ですヨ!。
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2012年04月06日

アンドロイドは電気羊の夢を見るか?

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30年ぶりに再読したSF古典小説の金字塔ともいうべきフィリップ・K・ディックの「アンドロイドは電気羊の夢を見るか?」。ご存じSFカルト映画の傑作、ハリソン・フォード主演の映画「ブレードランナー」の原作です。

第三次世界大戦後の地球、火星から逃亡してきた8体の最新ネクサス6型 アンドロイドを追う賞金稼ぎのリック・デッカード。アンドロイドを追いつめ1体1体と処理していくデッカードだが、やがてあまりにも人間らしいアンドロイドと対峙していくうちに、人間との区別に不安をいだき、いつしか自分自身もアンドロイドではないかという焦燥に取り付かれてしまう。「死は確実なもの、生は不確実なもの」。自分が何者であり、いつまで生きることができるかと不安にさいなまれるアンドロイドたち。本書は筆者が斬新な着想で描いた「人間とは、生とは」を問うた秀作です。

映画「ブレードランナー」のヒットにより、世界的に有名になったディックですが惜しむらくは、映画公開の4ヶ月前に他界してしまいます。もちろん原作と映画では内容がだいぶ違いますが、製作中の一部を見たディックは「この映画はSFに大きな革命をもたらすであろう」と大絶賛した逸話があります。
また「ブレード・ランナー」後、「トータル・リコール」「スクリーマーズ」「クローン」「マイノリティ・リポート」「ペイチェック消された記憶」「スキャナー・ダークリー」「NEXTネクスト」「アジャストメント」等、数多くがハリウッドによって映画化されています。
どれも原作にそれほど忠実ではありませんが、ハリウッドが魅了した小説家であることは事実です。
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2011年12月21日

優しいのは誰ですか・・・・・?

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日本のアンデルセンとも称される、浜田廣介氏の誰もが知っている「泣いた赤鬼」。その児童文学の傑作に梶山俊夫氏のほのぼのタッチのイラストが絶妙にマッチした名作絵本です。「泣いた赤鬼」のストーリーはたぶん誰もがご存知だと思いますが、本作は浜田廣介氏が童話として書いたオリジナルの原文がそのまま使用されたものです。浜田氏の独特の言い回しは、低学年のお子様にはちょっと読みずらいかもしれませんが、一度はオリジナルストーリーをお読みになることをお薦めいたします。
『人間と仲良しになりたい赤鬼は色々苦心しますが、人間はなかなか信用してくれません。そんな時に友人の青鬼がやって来て名案を教えてくれます。「ボクが悪者になって村で暴れるから、キミがやって来てボクを退治すればいいんだヨ」と。青鬼は一瞬、哀しそうな顔をしてそう言います。赤鬼はそれを聞いてそんなことはできないと考えますが、「何か事を為すには、何かを犠牲にしなくちゃいけないんだよ」と青鬼にさとされます。』 原文にはこのようなニュアンスの場面が記されていますが、これってこのストーリーの核心をついた場面だとおもいます。 青鬼はこの時点で赤鬼との哀しい決別を覚悟していたのですネ・・・・。そして赤鬼はそんな青鬼が一瞬見せた哀しい表情を見落としてしまいました・・・・。 ただ人間と仲良く暮らしたかった気の優しい赤鬼。そんな赤鬼の夢を自分が犠牲になって叶えようとする青鬼。 本当に優しいのは誰でしょうか? そしてきっとこの物語で一番残酷なのは猜疑心の強い私たち人間なのでしょう。
子供の時に読んだ「泣いた赤鬼」ですが、今また読み返してみると違った観点が見えるはずです。児童文学とはいえ、とってもディープなお話なのです。 
ちなみに先月、小学館創業90周年を記念して漫画家の浦沢直樹氏が挿絵を付けた「泣いた赤鬼」が発売されています。
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2011年11月20日

三浦綾子の「光」と遠藤周作の「影」

三浦綾子.jpg
「一粒の麦、地に落ちて死なずば、唯一つにて在らん、もし死なば、多くの果を結ぶべし。」(新約聖書 ヨハネ伝 第十二章 二四節)
冒頭に収められている聖書の一節から始まる、三浦綾子さんの「塩狩峠」を再読です。 一時期、遠藤周作氏に傾倒し、貪るように読み尽くした後に出逢った三浦綾子さんの本です。遠藤周作、三浦綾子共にクリスチャンでありキリスト教をテーマにした小説を描いておりますが、三浦さんの本は残念ながら「塩狩峠」「天北原野」「泥流地帯」あとは「氷点」しか読んでおりませんが・・・。 本作「塩狩峠」は明治42年、北海道の塩狩峠で実際に起きた列車事故の実話を元に小説化したものです。結婚の結納のため札幌に向かった鉄道職員の永野が乗った列車が、峠の頂上にさしかかった時、突然客車が離れ、暴走し始めます。その時、永野のとった行動は・・・・己の体をブレーキにして客車を止めるという、自らの命を犠牲にして乗客を救うという行動でした。このように三浦さんの作品には、ゆるぎない「愛と信仰」を貫く「光」輝かしい人々が描かれています。一方遠藤氏は「日本人でありながらキリスト教徒である矛盾」という葛藤の中で小説を書いていると自ら述べている様に、「沈黙」や「侍」等の主人公たちは、「神とは」「信仰とは」「命とは」という難題に突き当たり、もがき苦しみながら生きていきます。そこには「信仰の影にある人の情念や醜さ」が「影」となって描かれています。
遠藤、三浦さんともに日本を代表する作家であり、キリスト教をテーマにした著書が多数ありますが、読み比べてみるのも一興です。
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2011年11月08日

忘れていた少年の頃の、好奇心と冒険心が甦ります。

武蔵野線.jpg
先日古本屋さんで見つけた、銀林みのる氏の「鉄塔 武蔵野線」。映画は昔に観ましたが、原作は読んでいなかったので即購入。
鉄塔 武蔵野線75-1の側に住む鉄塔好きの少年。夏休みのある日、彼はこの鉄塔に付けられた「75-1」という番号に疑問と好奇心を抱きます。「この鉄塔が(75-1)なら、あっちに見える鉄塔が(75-2)で反対側に見えるのが(75-0)なのか・・・?」。少年の心に宿ったこの好奇心が、やがては少年の心を揺さぶる冒険心となり、無謀ながら楽しくちょっと切ない2日間の大冒険が始まります。1号鉄塔に辿り着いたら、そこには何があるのだろう・・・・。ピュアの心の少年と、優しく見守る大人たち。 とお〜〜い昔に自分も持っていたはずの「好奇心と冒険心」を想いだし、読み終わった後にジ〜〜ンとくる小説です。(恥ずかしながら、50歳半ばになった今でも、近所の鉄塔散策は続けておりますが・・・・)
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